チエさん(仮名)は花巻の老舗デパートマルカンが大好きだ。デイサービスでは、いつも、おやつ作りを一生懸命に手伝ってくれるチエさんだが、午後になるとそわそわしてくる。そのうちに鞄を持ってこっそり歩き出すのだ。「どこにいくの?」と聞くと、「マルカン♪」とかわいく微笑みながら小声で教えてくれる。
マルカンへの思いは2月頃から強くなり、「ここ何階?」と聞いたり、「下に行きます」とグループホーム第一への通路の扉が、エレベーターに見えたりしていて、午後のデイサービスはマルカンデパートと化す。
6月14日、ついにチエさん念願のマルカンドライブが実現する。チエさんの思いと、利用者6名、スタッフ4名をぎゅうぎゅうに詰め込んで2台の車はマルカンへ向かった。
道中、チエさんに「今からどこに行くんだっけ?」と尋ねてみるとチエさんは「マルカン♪」とニコニコ嬉しそうにしていた。そして、「ここ行けばマルカンに行けるの?」と聞いてきた。「そうだよ」と答えると、「道覚えたいけど、こういうのあんまり明るくないからねぇ」と困ったような、照れたような笑顔も見せてくれた。そんなことを2人で話をしている間にマルカンに到着。車から降りて、またチエさんに聞く。「ここどこだっけ?」するとチエさんは小さな声から嬉しい気持ちが逃げていかないように、耳打ちで「マルカン♪」と教えてくれる。
マルカンではそれぞれ好きなものを選んでおやつを食べることになっていた。6階の食堂に到着するとチエさんはきょろきょろと周りを見渡し、ニコニコしていた。ところが、おやつを選ぶ頃になると表情が曇りだした。「みつおさんが、銀行に行ってお金を持ってくるはずだから」とおやつ選びにも集中できない様子。
謎の人物、みつおさんとはいったい誰なのか。とりあえずおやつを選んでもらう。チエさんは、仕方なさそうに選んだあんみつを食べながらエレベーターの方を眺め、みつおさんの到着を待っている。もちろん、あんみつを食べる手はあまり進まない。それでも大きなプリンパフェを完食し、苦しそうにしているゆう子さん(仮名)を見て「あの人胸がいっぱいで戻さなきゃいいけど」とクスクス笑って、現実の世界に戻ってくることもあった。
帰りの車の中でも謎の人物の話は続いた。名前はゆきおさんに変っていたが、同一人物らしい。「確かに、200〜300円は入ってたの」、「あの人、奥さんも子どももあるのにそんなことするわけない」と話す。
この謎の人物は、朝、送迎車でチエさんを迎えに行き、家族さんからおやつ代を預かった男性スタッフのことではないかと私は感じた。実際は奥さんと子どもはない人だったが間違いないと思った。デイサービスに戻り、ご対面「この人でしょ?」と聞くとチエさんはゆっくり頷いた。「さっきのあんみつはこの人から預かったお金で買ったんだよ」と説明するとぱっと表情が明るくなり、納得してくれた様子だった。
チエさん、待望のマルカンドライブはみつおさんとゆきおさんに振り回されてしまったが、チエさんは満足してくれたようで、その後マルカンに行きたいとほとんど言わなくなったので、すこし寂しい気持ちもする。
デイサービス1年生の私は、これからも里のあたたかく、やわらかい雰囲気の中で利用者さん一人一人の世界にどっぷり浸りたいと改めて感じている。
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