トップページ > あまのがわ通信 > おにぎりさま


おにぎりさま【2010.07】

特養 前川紗智子
 

 子どものころ、おかあさんにお弁当のおにぎりを握ってもらっていると、私は、その匂いにやられてしまって、握っている傍から、もう食べたくって食べたくって、結局ひとつ先に食べてから出かけてしまう子どもだった。うちは漁師で、おにぎりは全部が海苔で覆われて塩がたっぷりついているおにぎりだった。
 先日特養に入居されているナツさん(仮名)が、腹痛を訴えて病院に入院した。翌日お見舞いに行くと、検査もあって絶食状態。お腹を空かせていて、「ねぇここの人たちもみんなまだごはん食べてないのよね?」と大部屋の他の患者さんたちもこの飢えをしのいでいるんだ…と言い聞かせて頑張っている感じのナツさんだった。「ご飯まだ?私まだ食べてないの。」というセリフは、普段、特養でも食後のあとたびたび言うナツさんだったのだが、そうした時には、説得してもお互い苦しくなって、苦肉の策でスタッフがお腹の負担にならない程度におにぎりを握って出したりしていた。でも、今日は心も体も本当にお腹すいてるんだもんな…と私は切なくなった。
 お腹がすいてるナツさんには酷な話だったのかもしれないが、「退院したら何が食べたいかな…寿司たらふく食べに行こうか?!」なんて茶化しながら話していると、ナツさんがフッと、ゆっくり語りはじめた。
 「やっぱりね、ご飯。日本人だものね…。私ね、寮みたいな所(特養の事)に住んでるんだけど、そこでは、お腹すいたっていうとね、おにぎり出してくれるの。真っ白なご飯をただお塩で握ってくれたやつなんだけどね。わたしね、あれ食べるとお母さんのこと思い出すの。私のお母さんね、おにぎり上手だったのよ?こんくらいの小さいのふたつ、おやつに出してくれた…。ホントにおいしいの。ただお塩してあるだけなのに、なんであんなにおいしかったのかしらね…」
 …なんとお母さんを思い出して食べてくれていたなんて。感動してしまった。そして、私もお母さんのおにぎりを思い出して無性に食べたくなった。でも、こんな話しを聞いたので心は満腹だった。
 続けて、ナツさんは自分の作ったおにぎりの話もしてくれた。子や孫を育ててきたおにぎりと、それがお嫁さんに伝わっていこうとしている事。「ゴマ塩だけは切らさない様にと思ってやってきたけど、うちの嫁も、最近じゃゴマ塩切らさなくなってきたみたい…」とニッコリ。
 だれかが握ってくれたおにぎりを食べるたび、そして誰かのためにおにぎりを握るたびにきっとこの日の事を思い出すだろう。おにぎりが、魔法が込められているものみたいに妙にキラキラとして見える。お腹だけじゃなく、どこかで心も満たしながら、そしてそれは言葉にならないまま、次の代、またその次の時代へとつながっていくものに違いない。

 

あまのがわ通信一覧に戻る

このページの上部へ


〒025-0013 岩手県花巻市幸田4−116−1
TEL:0198-32-1788 FAX:0198-32-1757
HP:http://www.ginganosato.com/
E-mail:l: