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畑の先生【2010.06】

特養ユニット「ほくと」 三浦 元司
 

 特養の庭に畑を作るぞと勢い込んだものの、何をどうしていいのか全くわからない。耕運機の使い方はおろか、草刈り機のエンジンのかけ方すらわからない自分。果てには牛堆肥を取りに行こうとしても軽トラが動かせないというなさけなさ。いちいち先輩スタッフに教えてもらった。夏野菜の苗を育てるのもまったく分からない未知の世界。何もできず、なにも知らない自分を発見するばかりだった。
 なにも進まないまま一ヶ月が過ぎて無理なんじゃないかとあきらめそうになりながら落ち込んで畑に立っていると、なんだか視線を感じた。祥子さん(仮名)が遠目から心配そうな顔で見ているではないか。今まで気がつかなかったが、祥子さんは私が畑に取り組み始めた一月前から見ていてくれたことにこのとき初めて気がついた。
 その時から、苗の水やりを祥子さんと一緒に行くことが日課になった。祥子さんは「私はね、小さい頃からずっと農業をやっていたんだよ。」と話してくれた。作業をしながら毎日いろんなことを語ってくれる。土つくりについて、苗の育て方、仕立て方、虫対策、病気など教えてくれた。そのうち私は知らず知らずのうちに「野菜の育て方」という本をあまり開かなくなっていた。
 朝・夕の水やりは濃密な二人の時間になっていった。子どもの頃遊んだ情景、若い頃の恋愛の話し、戦争のこと、病気を煩ったことなど祥子さんの人生が語られる。畑からの帰りには、ユニットに飾る花を採ったり、犬の銀ちゃんを撫でて遊んだりとユニット内だけでは見られなかった祥子さんの多様な一面を見せてもらえるようになった。そんな祥子さんを見ていると、自分もわくわくして、この時間がとても大事に思えた。  ところがある日、水やりに行く途中祥子さんが立ち止まり、膝をさするようになって、日に日に歩くスピードが遅くなり、「足が痛い」とつぶやくようになった。水を入れたじょうろを持つのは厳しそうでフラフラしている。「大丈夫?じょうろオレ持つからさ。」と私が手を伸ばした瞬間、いつも穏やかで笑顔の祥子さんがキッと厳しい表情になって、静かに「ただでさえなんにもやらせてくれないのに。なにもさせられないのに、これまで私から奪うのか?」と言った。私は驚いてなにも言えなかった。すごく苦しく辛かった。祥子さんは、それ以上に心が痛かったんだろうな、、、、、
 翌日、ついにかぼちゃの苗を畑に植えた。昨日の事を自分なりに考え悩んだが、答えは出なかった。祥子さんには、かぼちゃを植える15分だけと決めて手伝ってもらった。やはり、祥子さんは畑がよく似合う。生き生きしているし、そばにいてこっちがわくわくする。15分は瞬くまに終わってしまう。でもその15分の中で何回怒られたことか。ナースに足の事で怒られ、スタッフに時間の事で怒られる。それでも二人で「うるさいな」とにやけながら土をいじって、なんだか心地よかった。
 よき介護、よき介護スタッフとは何なのか、社会人1年生の自分にはわからない。もしかしたらそんな問いに正解はないのかもしれない。でも、だから、、、これからも祥子さんと毎日水やりを続けて行きたい。今自分は祥子さんからたくさんの事を教えられ、伝えてもらっているような気がする。自分にとって大事な時間を祥子さんが作ってくれているに違いない。今、ここに祥子さんがいてくれたこと、祥子さんと出会えたことはとても大きなことに違いないと感じる。「またいろいろ怒られるんだろうなぁ。」と思いながら、祥子さんとの朝仕事にわくわくしてしまう。


先生の指導にも熱が入る
 

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