ある日、助っ人で“こと”の日勤に入った。
リビングでみんなまったりとコーヒータイムしていると、「ちょっとおトイレ…」とナツさん(仮名)が席を立った。歩行器を押して歩くナツさんだが、ふらつきや転倒の危険があるため、やはりスタッフが付き添って歩いた方が安心。そこで私が一緒に席を立つと、「あら、一緒に来てくれるの?」とナツさん。居室のトイレまで一緒に行って、「ごめんね、ズボン、下ろしてくれる?」「うん、つかまっててね」とやり取り。無事に便座に座ったのを見届けて、私もその場に腰をおろす。
すると、「あらぁ、臭いのに付き合わせたら悪いわよ。あなた、ついてなくていいよ」とナツさん。いつもなら用を足す間にふたりでいろいろお話しするところだったけど、リビングの方も気にはなっていたので、「そう? じゃ、またズボン上げるとき手伝うから、終わったらオーイって呼んでね」と声をかけ、一旦その場を離れようとした。
ところが突然笑い出すナツさん。
「え? なになに?」
「だって、おっかしいよぉ」
「何がおかしいの?」
「だって、オーイなんて言葉、旦那さんが奥さんに威張って言うときの言葉だよぉ」
「あぁ、そう?」
「そうだよ、私、そんなの言えないわよぉ」と、まだ笑っている。
「そっかぁ…。んで、ナツさんの旦那さんもそうだったの?」
「あははははぁ〜」
笑ってばかりでその真相はあかさないナツさんだった。
しばらくして「すいませーん、お願いしまーす」と、いつもの丁寧な奥様言葉でスタッフを呼ぶ。早速駆けつけて「ナツさん、オーイって言わなかったね」「言わないよぉ」と、ふたりで笑いながら身支度。
リビングへ戻って会話。
「旦那さんはナツさんのこと、なんて呼んでたの?」
「えぇ? 忘れたよ〜」
「オイッ、セツ! とかって?」
「あはははぁ〜、威張ってな?」
「それとも、おせっちゃん♪ とかって?!」
「やだぁ、まさかぁ! あはは〜」
その日、何度かトイレに同行し、その度に「オーイって呼んでね」「言えないよぉ」を何度か繰り返す。それがなんだか楽しくて、遊んでいるような感覚でやりとりをしていた。そして夕方のこと、トイレらかナツさんの声が聞こえた。
「オォーイ!」
しかもわざと声色を変えて、低いドスの利いたような声で呼んでいる! 動いたなナツさんと思いながら嬉しくなって「はい、は〜い!」と駆けつける私。トイレでふたり顔を見合わせて、ただただ可笑しくて、いつまでも大笑いだった。
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