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贈られた言葉【2010.04】

特養ユニット「こと」 佐藤 寛恵
 

 新卒で里で働いて、今年で三年目に入る。この二年間、私はGH1でリハビリをしてもらっていたような感じがする。まっとうなコミュニケーションも取れず、生活力のまるで無い私にとって、まず問題は料理とお菓子作りだった。「日曜日のお昼ご飯どうしよう…」というのは今でも私の口癖だけれど、いろんな人に支えてもらって、体に少しずつ暮らしが馴染んできたように思う。食べたこともなかったばっけみそも、今では春の味覚として欠かせない私の喜びになった。
 GH1は昨年大きく変わった。特養が始まったので、利用者が入れ代わり、全く異なった二年目を過ごさせてもらった。思い返せば一年目は、担当になった桃子さん(仮名)と激しいバトルを繰り返し、モヤモヤしながら、迷いに迷った。二年目もまだまだ迷い続けるのだけれど、新しく担当になったアヤノさん(仮名)が私の支えになってくれた。
 アヤノさんの入居初日、なんと、桃子さんの部屋で私と桃子さん、アヤノさんの三人でお茶をした。GH2が見える部屋には暖かな日差しが差し込んでいて、春の緑が窓から見えた。アヤノさんと桃子さんはベツドに座って、私は床に座布団をしいて三入でひなたぼっこをしていた。なんでアヤノさんがそう言ったのかわからないけれど「いいね〜」とアヤノさんが笑った。
 アヤノさんの出会いの衝撃はまるでホラーだった。前髪が長く、前のめりで顔が見えない。「こんにちわ」と声をかけてにゅーっと顔を上げると、お岩さんのようなぶつけたばかりのアザと怯えた顔に思わず「ぎゃーっ」と声を出しそうだった。その一切人を寄せ付けない感じにスタッフ一同たじろいだ。
 でも初日のうちに、笑った顔に出会えて「あ〜笑うんじゃん、大丈夫じゃん」と安心した。さらにお茶の呑み方をみてすごく上品な人なんだなと感じさせられた。アヤノさんは一年でどんどん変わっていった。「ダメなんでしょ」という怯えが「いいんだよね」と笑顔に変わって行った。当初は社交なんて考えようもなかったが、今は度々、社交のやりとりを見せてくれる。コーヒーも粋に飲む姿が実にかっこいい。高校野球も相撲も、勝負所のいい場面になると、みんなにも教えて一緒に楽しんでくれるアヤノさんがいる。
 そんなアヤノさんの大きな変化を思えば驚き感動するばかりだ。1年経って、私が特養へ移動する前日、アヤノさんは私を見つめながら「元気ねえな、元気か?」と母親のまなざしで語った。緊張の前日で、気持ちが複雑になっているところへこの言葉がきたものだから、私は思わず泣いてしまった。なんでわかるの?と涙が止まらなくなる。でもそのおかげでどこかすっきりした自分になれた。
 グループホーム1の他の利用者さんも、私の移動をわかっているかのように、いろんな言葉を私にくれた。施設長から移動を告げられてグループホームに戻りミサさん(仮名)の隣に座った。ミサさんはすかさず「どう考えたらいいんですか?」と言うので、唖然としながら「どう考えたらいいんですか?」「前向きに?」と私が迷いながら告げるとミサさんもそれを繰り返した。特養の初日には「あなた」と呼び止められ「変わります!」と言ってくれた。
 先日、久々にGH1に遊びに行き、雰囲気を楽しんでいると「いろいろあるから楽しいでしょう」と今の私にぴったりの言葉が返ってくる。「そうなの、私今苦しいけれどここが変わっていなくて楽しいの」と心の中で相槌を打つ私。
 また、ちょうど部屋から出てきたヨツ子さん(仮名)を部屋にエスコートすると、「(お礼に)何かあげなくちや」と冊子をくれた。その表紙にはなんと『まぁるい生活、暮らしがつながる』というタイトル。特養の課題はまさにこれというところなのでまいってしまう。
 歩さん(仮名)は私を送り出すとき「おめも頼むよ、大変だと思うけど頼むよ」と頼むよを何度も繰り返した。すごい言葉を何人もからいっぱい贈ってもらってGH1を後にした。
 特養でも、弥生さん(仮名)にいろんなエールや叱責をもらう。その言葉は私のとても個人的な悩みをズバリとついてくる。その言葉に支えてもらっている。
 現場にあって利用者から贈られるこうした言葉に気付かないのはもったいない。もちろん聞く姿勢の無い人には語ってくれないのは当たり前なので、いっぱい言葉を贈ってもらえる、そんなアンテナを大事にしたい。 やっぱり人との出会いは怖いけど楽しいと思いながらも、まだまだひよっこの自分がいる。
 

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