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心揺らぐ年末の大掃除【2010.03】

グループホーム第1 西川 光子
 

 昨年の年の瀬。昼食の時から何か必死に訴えているミサさん(仮名)がいた。何なのか受け止めようと皆で耳を傾けるがなかなか伝わってこない。 ”足が痛いです。おいしくない!!ダメ!! もういらない!!”と否定が繰り返される中「掃除」という言葉を食事介助に入っていた山岡さんがキャッチした。
 離れた所にいた私も嬉しくなり思わず”ミサさ〜ん”と声をかけた。”はい”と今までとは別人の様な返事が返ってきて、呼びかけた私を目で追っている。手を振るとしっかりと目で応えてくれた。
 すでに年末の大掃除は終わっていたので「昨日ぜ〜んぶお掃除やりました。よかったかしら?」と問いかけた。するとキョトンとした表情で「よかったです。」と答えるミサさん。さらに「外回りもみんなやり終えましたよ。網戸も、レールの溝も。雑巾がまっ黒になりましたよ。」と話を続けると、食い入るように聞いてくれるミサさん。
 私はますます話したくなり「ガラスは3回拭きし、流し台は・・・洗面所は・・・トイレは・・・庭の木の葉も拾って、玄関の格子戸は乾いた雑巾で拭きました。」とたたみかけた。それに対してミサさんは「もういいです。もういいです。」と言ってくれて、暮れの大掃除は終わった感じになった。
 しかし、どこか私の心の中にモヤモヤとした不完全燃焼が残った。私のイメージが先行しすぎてミサさんの実感は伴っていないと感じたからだ。その時、翌日一緒にお部屋の掃除をしようと決めた。
 翌日、車いすのミサさんと二人でお部屋に入った。右手にクロスをはめたミサさんは何も言わず車椅子にのったまま窓辺の柵を拭き始めた。私もつられて同じ柵をふいていると、木のささくれがチクッと手にさわったので危ないと思い隣に移動した。移動したところはたまたまダンナさんの写真が飾ってあるところで、ミサさんは黙ってクロスをはめた手をのばし、写真のガラス、そして額のまわりをふいた。
 私は初めてミサさんが銀河の里にきた日、この写真を両手にかかえ「あなた〜あなた〜どうしてここに居るの。一番逢いたかった人なの・・・」と涙したことが思い出され胸が詰まった。無言のまま、急須、湯のみ、丸鏡、時計、小物入れをふたりで拭いた。
 ミサさんはそれらを丁寧に拭くと「もういいです」と言って立ち上がった。黙って見守っていると久しく使っていない自分のベッドに、腰をかけるとゴロンと横になった。なぜか私もついつられて横になった。
 するとミサさんは私の首を左手でギュウギュウと痛いほどの力で引き寄せ、両足を私の膝の間にグイグイ挟み込んだ。そしてギラギラした眼差しで「怖いです、怖いです。明日死にます」と訴えるように語る。
 私はひたすらミサさんの足をさすった。しばらくするとおだやかな表情に戻り「かえりましょう。花巻、桜町4丁目」と語る。私はもう言葉にならずうなずくだけだった。
 いろんな思いがグルグルうずまいて、気持ちはミサさんの実家にいた。お互いとても心の揺らいだ年末の大掃除だった。
 

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