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ピリカラ姫は里ではなぜアイドルか?!【2010.03】

特別養護老人ホーム 中屋 なつき
 

 「バカ!」「でくのぼう!」「なんだ、おまえなんか!」 着替えやお風呂のたびに殴る、蹴る、つねる、引っ掻く。 食事中にも介助者の顔をめがけてツバが飛んでくる。 でもテイ子さん(仮名)の居室の誕生カードには、カメラ目線で片手をヒョイッとあげた写真にこんなコメントが書いてある。『誰もが寄っていきたくなる、そんな里の★アイドル★テイ子さん』
 「テイ子さん、誘拐してっていい?」隣のユニットのスタッフほなみさんがやってきた。「いい!」というテイ子さんの元気な返事に「やったー!」と連れて行かれてしまうくらいお隣のユニットでも人気者。
 実習にきたオカマっぽいお兄さんは、初対面なのにテイ子さんと気が合った。実習後、感想を聞くと「指をパクパク噛まれちゃいました♪」と妙に嬉しそうだった。 北斗スタッフの和美さんなんか、いっつもテイ子さんのそばにいて、一体になっている感じ。テイ子さんに、みんなどこか癒されるようで安心する。
 WS利用者の美智子さん(仮名)もテイ子さんには特別な感情がある。車椅子で居眠りするテイ子さんに毛布を掛けてあげたり、自分の野球帽をかぶせて「似合うよ」と話しかけたり。そして「テイ子さんね、いっつもバカ、バカァ!って言うんだよ。か〜わいいよねぇ♪大好き」と嬉しそうに話す。テイ子さんに「くま」と呼ばれてそれをとても気に入っている様子だ。
 なぜ里ではテイ子さんはアイドルでスターになっちゃうのか?
 引っ掻かれたりツバかけられたり、暴言の連発では、普通の施設だったら当然「問題行動のある厄介な利用者」として受け入れられないはずだ。事実、前に入所していた施設では他に迷惑をかけるのでという理由で退所させられた経緯もある。
 前施設に入所になるその前、テイ子さんは里のデイサービスに通っていたが、辛口トーク炸裂で、あだ名は「ピリカラ姫」だった。上品で可愛らしいお嬢様な一面と、有無を言わせない我がままぶりからついたあだ名だった。一日中、憎たらしいセリフを吐き続けるけれど、そこに小粋なスパイスも利かせくれて憎めない。むしろ「次はどんなセリフをくれるかな?」とみんな楽しみになってくる。デイサービスのスタッフも全員テイ子さんが大好きだった。そんなテイ子さんが施設入所になった時はお別れが辛かった。ところが6ヶ月後、特養が開設したタイミングでまた里に戻ってきてくれた。デイの藤井さんなどはウルウルと涙目だった。
 ところがまだ立ち上げ間もない特養では、ややもすれば“厄介で問題行動として括ってしまう施設職員”になりかねない気配があった。私はテイ子さんと「遊ぶ」姿を新人スタッフに見てもらいたいと心がけた。悪態をついてつねったり引っ掻いたりするテイ子さんと、ピアノを弾いて一緒に歌ったり、こちらからちょっかいを出して笑ったり。そんな私と、テイ子さんはしっかり遊んでくれる。「バカ!」も「大嫌い!」もいっぱい言ってくれる。「アイラブユー」と投げキッスをすると「ユーラブミー!」が返ってくる。「♪出た、出た、月が〜♪」と歌うと「で〜た〜で〜た〜、でべそぉ〜!」と音痴なテイ子節が返ってくる。この『やり取りしてる感じ』がたまらなく心地よく、嬉しくなってくる。


 最近は、里に帰ってきた1年前とは違って「鬼はどっかさ行ってしまった!」と本人も言うように、穏やかな「仏のテイ子さん」になった感じ。まぁ、たまにはつねったりする鬼姫テイ子さんもご健在だけれど、「テイ子さん世界一かわいい!」と言われて「うん」と頷きながら、ちょっと間をおいて「なにも世界一でなくたっていい!」と言って周りを笑わせてくれる。スタッフもテイ子さんとのやり取りのなかで『遊んでもらっている感じ』がでてきて、特養も里らしくなりつつあるのかなとホッとする。


 バタバタと作業に追われている時に、通りがかりにふとテイ子さんと目が合う。「あ、見ててくれたんだ」って救われることがある。無言でウンウンと頷いてくれるテイ子さんのそばに行き、「大好きー!」とテイ子さんの膝元に顔を埋める。無言のウンウンに油断しているところへ元気なキックが飛んでくる。「わー!」と大袈裟にひっくり返ると「バカ!」と一声。こんなやり取りを微笑んで見てくれている他の利用者さん。  テイ子さんが里のアイドルでスターなのはこれからも変わらない。
 

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