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続・バス送迎の車中より【2009.11】

ワークステージ 佐々木 哲哉
 

 稲刈りが終わった。比較的気候に恵まれ、まずまずの収穫を得ることができた。一年を締めくくるには少し早いが、畑班としてはひと区切りしたような気分である。
 稲作そのものは機械化によって作りやすくなった半面、安い米価や減反政策のあおりでわずかな収入は機械代や燃料費に吸い取られるのが現実だ。また結や講といった共同作業や助け合いの人的交流を農村から奪ってしまった面もある。
 銀河の里の稲刈りもコンバインを駆使する。面積や作業量的には近所の兼業農家と同様に2〜3人もいれば十分だが、そこは「銀河の里」ゆえに今年も手刈りの交流会を含めてお年寄りから若者まで老若男女がにぎやかに集まり、稲刈りに総出で参加した。  人々の歓喜、稲穂のざわめき、天高い秋空。  慣れ親しんだ場所でもメンバーでもないのに、どこか懐かしい光景。
 郷愁とは、単に自分が生まれ育った場所を想うことだけでなく、太古から受け継ぎどこかに潜んでいる、人間の根源的な本能の声なのかもしれないと感じる。
 バスは、黄金色に輝く稲穂の海原を駆け抜け、紅葉の舞い落ちるなかを走る。東京生まれ横浜育ちの都会っ子の私にも慣れてしまえば日常のありふれた光景に過ぎないが、思えば贅沢なドライブだ。
 最近の送迎バスの車中は、以前にも増してにぎやかだ。昼食で余ったご飯を惣菜班がおにぎりにしてくれて、圭一くん(仮名)は「これ食べて眠くならないでね」と出発前に私に渡してくれる。いつも助手席に座りドライブを楽しむグループホームのサチさん(仮名)は、そのおにぎりを見て「ちょっとオラにも食わせてけろ」と言うので、「これは食べる“くすり”だから駄目だぁ」などとごまかす。
 運転中、ルームミラーをチラリとみると目が合い、指や腕を振っていろんなポーズをしてくれるのは幸くんだ。こちらもその真似をするのだが、対向車からその様子を見たら「何だあの運転手は?」とさぞいぶかしがるだろう(笑)。憲ちゃん(仮名)はいつもラジオの某法律事務所のコマーシャルが流れると、「そ・の・前に・ホーム○ン」の後の犬の鳴き声を一緒に「わん!」と叫ぶ。最近は何人かがそれに合わせてハモっている(私も)。則吉くん(仮名)とは降りる家の前で、私が停車位置を変な場所に停めると彼はわざとドアを開けっ放しにして帰ろうとするなど、冗談をやりあっている。
 石鳥谷駅に着くと、最近はサチさんが「おしっこさ行きてぇ」と言うことが多い。派手な服装の若き蛯原さん(仮名)が、そのサチさんの手を握って一緒にトイレに付き添ってくれる。
 これまで約半年、利用者のみんなと付き合ってきたが、私の関わりはまだまだ浅い。特に深い問題を抱えている利用者さんに対して、平易な同情や偽善的なやさしさといった表面的な部分でしか接することができず、自分は無関心で心ない人間なんだろうか‥‥と考えてしまうこともある。
 ある日、送迎の帰りにラジオから流れてきた歌が心に染みて、私はひとりしんみりしていた。静まり返った車内で黙り込んでいた憲ちゃんが後ろから突然「てつやさん、握手しよ」と手を差し出してくれた。この不思議なタイミングに一瞬にびっくりした。そして目頭が熱くなった。
 人間関係が希薄なまま育ってきた私も、遅まきながら関わりのなかで学び、成長していきたいと強く思う。


 「みんな去年と同じ。あたり前のことか。でも本当に繰り返されてゆく。人間の喜びや悲しみとは無関係に‥‥。自然の秩序とは、だからこそ僕たちの気持ちをなぐさめてくれるのかもしれない。(中略) 人の心は深く、そして不思議なほど浅い。きっと、その浅さで、人は生きてゆける」       (星野道夫 「アラスカ 〜 風のような物語」より)
 

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