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銀河の車窓から【2009.08】

デイサービス 小田島 鮎美
 

 車の中でもデイのホールでも歌を歌って過ごしているケイさん(仮名)。彼女にはいろんな歌の楽しみ方がある。ケイさんオリジナルの間奏が入ったり、間奏の間に別の曲の前奏になっていたりすることがある。手拍子や、時には足も動かしてダンダンと力強く、タンタンと軽快にリズムを刻む。歩きながら、リズムを感じていることもある。「もしもしかめよ〜」「とんとんとんからりっと、となりぐみ〜」「も〜もたろさん〜」ひそひそ、静かに歌うこともあれば、晴れた日のようにカラッと歌い上げることもある。声の感じ、リズムの刻み方、表情などで、ケイさんのその時の気分が伝わってくるので、おもしろい。私が知らない曲もあり、ケイさんの秘蔵曲はたくさんあると私はみている。
 ある日の朝の送迎で、ケイさん他2人を乗せ銀河に向かっている折、ちょっとした事件が起こった。マイペースに歌を歌っていたケイさんに、家族とけんかしてピリピリした気分のまま車に乗ったサエさん(仮名)が「それは昔の歌です!」とイライラをぶつける。マイペースに歌い続けていたケイさんだが、そのうち「そったなこと聞きだくね!」「ばか、ばか、ばか!」と言いながら、足でも“ダンダンダン”と、車の床を力強く蹴り怒った。見るとルームミラーにケイさんの険しい表情が映っている。
 これではデイに到着してもしばらく車から降りられないかも…。そう思っていたら案の定、車から降りる気配はまったくなく、「ケイさん、デイに着いたよ。降りよう」と声をかけてみるが、プイッとそっぽを向く。あれ?私にも怒っている!?どうやら、私のことも受け入れてはくれないらしい。「落ちるよ!」と隣に座っていたミチさん(仮名)も声をかけるが、“知らね!”と言わんばかりの表情で一瞥。これは長期戦になりそうだ、覚悟を決めて、ケイさんと距離をとり様子を見守ることにした。
 はじめは、歌も歌わず、じっと前を見つめていたり、デイへ来る他の利用者さんの様子を見ていたが、だんだんに自分のペースで歌を歌い始める。でも、「降りて一緒に行かない?」と声をかけても私の方を向いたり言葉に反応することはなく、表情は硬かった。無理に誘ったりするより、今のケイさんに溶け込んでみれば受け入れてもらえるかなぁ?そう思い、車のドアを開け、傍にしゃがんでケイさんの歌を聞いたり、一緒に手拍子をして過ごしていた。すると、しばらくして、ケイさんが私の目を見てくれるようになった。「あれあれ。」と何かを見て指差している。ん?何を見ているんだろう?指差す方を見ながらしばらく待ってみる。下から伸びた、朝顔の蔓だった。お互いうなずきながら、沈黙の時間がながれる。そのうちに、「隣に座ってんじゃい」と、席をつめて車内に招き入れてくれた。あれ?ケイさんの世界のなかに入れてもらえたのかな?!ちょっとうれしい気持ちになる。
 これなら話を聞いてくれて、デイのホールにも入れるかもしれないと、声をかけてみる。すると、目の前に見えるグループホーム第2を指差しながら「あんた行ってきて。みんな待ってるから。」と、わたしのことはいいから、行ってきなさいというニュアンスで話す。そして「えんえんえん」と身をかがめて泣きだして「みんな待っているから(行ってきて)。私は歳とったから、いらないの。」と思いがけない一言。
 そんなふうに感じていたんだ。そういう言葉は一度も聞いたことがなかったけれど、胸の奥深く、感じていたことなのだろうかと、しんみりしてしまった。なんて言っていいのか分からなかったが「私は一緒にいたいよ。」と伝えた。そのうち、気持ちがひと段落したところ、もう一度デイの方に誘ってみた。すると今度は「オレ歩いていけね。」「足痛いから。」と話し、どうやら坂の上にある、グループホーム第2をデイサービスと思っていたようだった。「あそこまで行かなくていいんだよ。すぐ後ろに玄関があるよ。」何度も話してみるが、やはり目の前に見える第2の建物に意識がいくようだ。
 そこで…車の向きを変えてみた。デイの玄関が見えるように駐車すれば、もしかしたら…。「ケイさん、歩いてすぐだから一緒に行ってみよう。」と車のドアを開けると、「いがったいがった〜」と手をあわせ、車を降り、ゆっくり歩き出した。おぉっ!驚くと同時に、うれしくなって「いがった〜」と手をつないで玄関に向かった。
 私も同じ景色を見ているんだけど、必ずしも同じように見えているわけではなく、違うイメージの世界が広がってるんだなと感じた。何が見えているか、どう感じているのか、じっくり話を聞いたり一緒に居ることで分かることがあるんだと感じた。利用者さんの世界にいれてもらえるかは分からないし、その世界に受け入れてもらっても分からないことがあるかもしれないけれど、こちらの都合はちょっと置いておいて、利用者さんの話をていねいに聴くことを大事にしたいなと思った。そこから利用者さんの世界も私の世界も広がっていくような気がする。

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