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消費社会への彼方へ【2009.02】

ワークステージ 高橋 健
 

 他のどの時代でもそうであったように、私達は人間に囲まれて生活しているのではなく、今やモノの濁流にのみこまれ、窒息しかけている。人生を構成する要素のうちで、ほんの僅かでしかないモノやサーヴィス、情報が圧倒的なまでに私達を支配し、生きることまでもが綺麗にパッケージされ陳列棚に並べられた「商品」を選択するに過ぎなくなっている。社会学者の上野千鶴子は、このような状況を「消費による自己実現」と喝破した。利己的で文句ばかり垂れ流す消費者根性が蔓延した生活空間では、人生を本当の意味で豊かにしてくれる異質な他者との出逢いは望むべくもない。人との関係はサーヴィスの「提供者」と「顧客」という費用対効果を常に考慮した陳腐な関係に収斂し、そこには、なまなましさを湛えた<いのち>を賦活するダイナミズムも創造性も欠落している。
 話しは変わるが、少々身の上話しをさせて欲しい。僕は大学4年の夏休みまでは大学院進学を希望していたのだが、ある事情で進学を断念せざるをえなくなり、慣れないスーツを着て就職活動をしていた。そんな折に高校時代からの無二の親友から「一緒に農業をやりませんか」と誘いがあった。始めは「何の経験もないのに冗談言ってんじゃねぇぞ」と相手にしていなかったが、仙台で、ある大手商社の就職試験を終えてビルから出ると、ビルの真ん前に軽トラが止まっていて車内から親友が、満面の笑顔で僕を見ていた。「そういうことか」と覚悟を決めて乗り込むと、親友が農業について熱く語りだした。僕の心を一瞬にして掴んだ言葉が「自分で作ってもいない商品を、胸張って堂々と売れないでしょ。俺は健ちゃんと作った野菜を胸張って売りたいんです!」結局は、初めは農業に及び腰だった僕が銀河の里でトマトを徒手空拳で作ることになり、話しを持ちかけた親友はシステムエンジニアになっている・・・。
 しかし、この親友の言葉には心から感謝している。この言葉がなければ農業には生産する喜びが溢れていることに気付けなかったのだから。トマトの日々の生育を見守っている時に、僕は「作り出している」というリアリティを、まざまざと実感できた。子供の頃から消費社会に巻き込まれ、モノを消費するか与えられてばかりいた世代にとっては、何かを生産する主体になれるのだという実感はとても貴重であると思う。ところが、先日悲しい記事を目にした。その記事には
 「きついから?農林水産業の求人1900件、そのうち就業わずか151人 給料が少なく仕事はきつい。待遇を改善しなければ誰も働きたがらない(自民党議員)」
 と書かれてあった。100年に1度と言われている経済不況が日本を襲い、車産業を中心とする第二次、第三次産業の限界が露呈してきて、やっと農業に陽の目があたる時が来たと思っていたのに・・・。この事実は、いかに現代社会に住まう多くの人達が、いや、生活に困窮している人間こそが、貨幣価値という尺度に束縛されざるをえないのを雄弁に物語っている。
 今、僕に出来ることは「農」と「福祉」の現場から、消費社会の彼方へ続く道標を模索することだ。
 

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