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おすすめの本 『嘘を生きる人・妄想を生きる人』【2008.11】

宮澤 京子
 

 『嘘を生きる人・妄想を生きる人』個人神話の創造と病 武野俊弥著 新曜社2005

 
(私と地下鉄サリン事件)
 平成7年のオウム真理教による地下鉄サリン事件から10年を経た平成17年にこの本は出版された。私は地下鉄サリン事件と聞くとその直後に帝王切開の手術で麻酔をかけられた時の恐怖が重なる。トランプの絵札がドミノ倒しのように、すごい勢いで吸い込まれ、私も一緒に落ちていった。その恐怖のなかで「なぜ、こんなことが私の身に起こっているのか」とその理屈付け(言語化)をしようともがいた。流れに飲み込まれるのもそんなに長くは続かないと思っていると、アルファベットの文字が弾けるように並びはじめ、私は暗い穴の中に吸い込まれ、そして意識がなくなった。目を覚ますと看護師さんが「お子さんにお会いしますか?」と声をかけてくれて、猿のようなひしゃげた顔の息子と対面した。新しい生命は、産道からではなく異界を通って生まれてきたのだという実感を持った。これは私の個人神話である。
 
(本の内容)
 オウム真理教の教祖であった麻原彰晃の“空想虚言性”が、自我による支配や操作性という「パワー原理」と結びついた破壊性を問題にし、「魂の救済システム」であるべき宗教とは真逆の方向に進んだ実態を分析している。これは、心理療法に潜む〈影〉の問題としても呈示され、「治療」のユートピア願望の投影に自覚的でなければならないことを強調している。そして、個人神話の持つ虚構性や虚偽性に秘められている「創造性」とそれが開花する土壌についても考察している。キーワードとなっている「無意識」への注目、「光と影を包含した丸ごとのエロス」や「触媒としてのシャルラタン」・「時代や世界を映し出すトリックスターの活躍」についての挿話は具体的で解りやすく、おもしろくて深い。
 
(著者武野さん)
 今年の4月、京都で行われた河合隼雄先生の追悼シンポジウムで、「日本における分析心理学」第三部シンポジウムの指定討論者として登壇されたときに著者の武野さんを初めておみうけした。指定討論者としては歯切れが悪すぎて、「あのー、あのー」と繰り返される接続詞?ばかりが耳についた。この本の凄さと、あの歯切れの悪さがどうも結びつかないと初めは思ったが、表題のダサさと対照的な内容の深さのギャップに気づいて、「あーやっぱり武野さん」と納得してしまった。おみうけした印象も文章にも「真摯さ」が滲み出ている。「空想虚言」とは全く縁のない、かつ「妄想」にも遠い方にちがいない。そして治療者としての武野さんが、影の餌食にならぬために、「悩み続け、疑い続ける」のを体現したのがあの「あのーあのー」であるとしたら納得できるような気がした。
 
(この本の意義)「神話を生きる」グループホームをめざして
 認知症高齢者の世界に接すると、矛盾と虚実を含みながら、時空を自在に超える奔放な言動に平伏させられる場面に多々でくわす。魂のリアリティともいうべき「生きた神話」がそこには息づいている。神話を生きる認知症高齢者とそれを創造的イマジネーションを働かせて向き合うスタッフが織りなす「物語」は、現代の一面的な因果律に縛られたつまらなさや無力感を払拭する鍵になると思う。認知症の高齢者はその多くが「生きた神話」の語りをもって存在しているし、グループホームはその神話を開花させる土壌であるとの手応えを感じてきたからである。少々長くなるがこの本にふれて再認識した、認知症の人の生きた神話の力を、現場に即して書いてみようと思う。

つづく
 

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